癌病棟で。

総合病院2年前の話ですが、母が末期癌で入院していたときの話です。
余命宣告もされており、癌自体の手術はできない状態でした。

延命のための手術を受けました。
術後は良好で、その後一人部屋から6人部屋へ移され、数週間を過ごすことになりました。
私は毎日お見舞いに行きましたが、壮絶な数週間を体験することになりました。

同部屋の患者さんは、おそらく皆さん末期の癌患者さんです。

癌の治療って大変なんですね。
副作用で苦しんでいたり、治療のため何も食べられなかったり。
とにかく、その状況は見るに耐えないときもありました。
私は面会可能な昼ごろに毎日行っていましたが、この部屋の人たちは夜はどう過ごしているのだろう。
母もちゃんと眠れているのだろうか?昼でも泣いている人、なんでこんな目にと叫ぶ人もいました。
6人もいると、病状も様々です。
もう起き上がるのもやっとの人。
中には遠くから闘病に来ていて、寂しい思いをしている人もいました。

ある日、母の隣のベッドの人がいなくなり、母もわからないと言っていましたが、なんとなく分かりました。
昨日はまだいたのに。
そんなことを目の当たりにし、日に日にいつかこの日が来ると覚悟の準備を密かにしていました。

次の日また新しい人がいて、比較的元気な様子ですぐに母と仲良くなっていったようです。
お話しすると、親戚の家の近くに住んでいるようでした。
と言っても、病院からは車で5時間も離れたところ。
ちなみに親戚はお蕎麦やさんで、その話をするとまたご近所らしく、よく行っていたと話していました。
そんな話をしたからか、二日後にその親戚がお見舞いに来て、親戚もすぐにわかったようです。
こんなところでお会いするなんて、それはビックリですよね。
癌とは本当に身近というか、近くの人たちがいつなってもそれがおかしくない時代になってきているのを感じました。
また、それを見ていた母は、他の治療も受けず自宅療養を選びました。

そのことを私も自然と受け入れられたのは、その数週間、いろんな人の思いを肌に感じることができたからだと思いました。

その後、宣告から約5ヶ月間。
母は前向きに楽しく過ごすことができていたと思います。

突然でどうしようもないこともありますが、何を望んでいるのか、何ができるのか。
私もこんなに誰かのために考えたのははじめてでした。
ただ一つ、何があっても、病気でも病気じゃなくても前向きに。